作業服の変遷から見た、塗装業界の進化と職人のプライド
堺市の皆様、こんにちは!
堺市創業年数No.1、4500件以上の施工を手掛けてきた外壁塗装・屋根塗装専門店のココペイントです!
本日のブログ担当は、藤井の姉(ココ姉)です。

作業服の変遷、塗装業界の進化と職人のプライド
堺市の皆様、こんにちは!
毎日、暑い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか?
私共、ココペイントのスタッフは、皆様の大切なお住まいをお守りするため、今日も元気に現場へと駆け回っています。
さて、みなさんは「塗装職人」と聞いて、どんな姿を思い浮かべるでしょうか?
多くの方は、ペンキのついた作業服を着て、足場の上で手際よくブラシやローラーを動かす姿をイメージされるのではないでしょうか。
普段、何気なく見かけている職人たちの「作業服(ユニフォーム)」。
実はこの一着には、日本の建築の歴史、技術の進化、核心にある職人たちの安全とプライドがギッシリと詰まっています。
そしてこの作業服のスタイルは、大正・昭和・平成、そして令和へと至る約100年の間で、私たちの想像を超える劇的な進化を遂げてきました。
「たかが作業服、されど作業服」
今回は、普段はなかなかスポットライトが当たらない「塗装業界の作業服の100年史」を紐解いてみたいと思います。
時代ごとに職人たちがどのように工夫し、どんな想いで現場に立っていたのかを知ることで、塗装という仕事をより身近に、そして面白く感じていただければ幸いです。
それでは、大正・昭和初期の時代へタイムトラベルしてみましょう!
Contents
【1920年代〜1950年代】伝統と工夫の時代(大正・昭和初期〜戦後)
今から約70年〜100年前の大正末期から昭和初期、そして激動の戦後にかけての時代。
ココペイントの母体が創業したのもこの頃、私にとって父方の祖父(初代)の時代です。
この頃、日本における「ペンキ塗装」は、近代建築の洋風化や造船業の発展とともに、急速に需要が高まり始めた時期でした。
しかし、現在のようにワークマンをはじめとする作業服専門店はもちろん、量産された便利な作業服など影も形もない時代です。
では、当時の塗装職人たちは、一体どのような姿で現場に立ち、ペンキを塗っていたのでしょうか。
「和装」と「職人の魂」が融合したスタイル
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この時代の作業服の基本は、日本の伝統的な作業着である「股引(ももひき)」に「腹掛け(どんぶり)」、そして上に「法被(はっぴ)」や「半纏(はんてん)」を羽織るスタイルでした。
頭には手ぬぐいをきりりと巻き、足元は「地下足袋(じかたび)」。
まさに、江戸時代から続く大工や鳶(とび)といった「職人」の系譜をそのまま受け継いだ、粋でいなせな和のスタイルです。
もちろん、ペンキという液体を扱う塗装職人にとって、綿でできた和装は決して最適な素材とは言えませんでした。
一度ペンキが染み込めば重くなり、肌に直接塗料がつくことも日常茶飯事。
それでも、当時の職人たちは自らの仕事に強いプライドを持ち、屋号の入った法被を身にまとうことで、「俺はこの街の看板を背負って仕事をしているんだ」という気概を示していたのです。
戦後の混乱期と「国民服」の流用
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やがて昭和に入り、第二次世界大戦を迎えると、物資は極端に不足します。
戦後しばらくの間は、衣服を手に入れることすら困難な時代が続きました。
この1940年代後半から1950年代にかけて、職人たちの作業服として活躍したのが、戦時中に普及した「民服国」や、日本軍の「軍服(お下がりの衣服)」でした。
これらはもともと戦闘や過酷な環境に耐えるよう作られていたため、非常に頑丈で、破れにくいという特徴がありました。
塗装の現場では、砂ぼこりや足場とのこすれ、そして飛び散る塗料に耐える強度が求められます。
贅沢を言えなかった時代、職人たちはミリタリーウェアをリメイクしたり、継ぎ接ぎ(つぎはぎ)を当てたりしながら、泥臭く、しかし力強く日本の復興を足元から支え、ペンキを塗り続けていました。
塗装職人の命を守った「地下足袋」
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この時代から、塗装職人の足元を支え続けてきた絶対的な相棒が「地下足袋」です。
当時はまだ金属製の頑丈な足場などなく、丸太を荒縄で縛り付けただけの「丸太足場」が主流でした。
一歩間違えれば命に関わる高所作業において、足裏の感覚で丸太を掴むように歩くことができる地下足袋は、職人にとって命綱そのもの。
「足元が滑るようでは、良い仕事はできない」
指先に力が入り、どんなに狭い足場でも滑らない地下足袋の技術は、この時代に完成され、現代の塗装業界の安全対策の基礎として脈々と受け継がれていくことになります。
【1960年代〜1980年代】高度経済成長と「ニッカポッカ」の黄金期
1960年代を迎えると、日本は前例のない「高度経済成長期」へと突入します。
日本中で空前の建設ラッシュが湧き起こり、木造住宅からコンクリート造のビル、大規模な団地まで、街の景色が凄まじいスピードで塗り替えられていった時代です。
当然、塗装職人の需要も爆発的に高まりました。
そしてこの時代、建築現場の主役に躍り出た伝説的なスタイルこそが、あの「ニッカポッカ(七分ズボン)」です。
今日でも「職人さんといえばこれ!」という強いイメージを持つニッカポッカの黄金期について、その機能美と職人のプライドを紐解いてみましょう。
うーーーーーん、おじいちゃんのカッコいいニッカポッカ姿の写真が無くて残念!
なぜニッカポッカなのか?計算し尽くされた「安全上の機能美」

もともとはヨーロッパの登山服やゴルフウェアにルーツを持つニッカポッカですが、なぜ日本の建築職人、とりわけ塗装職人の間でここまで深く愛されたのでしょうか。
実は、あの独特のダボっとしたシルエットには、過酷な現場を生き抜くための「完璧な機能性」が隠されていました。
- 足元のセンサー(危険察知能力): 足元が大きく膨らんでいるため、狭い足場を歩く際、自分の足先よりも先にズボンの生地が周囲の障害物(突き出た釘や足場のボルトなど)に触れます。これにより、「これ以上進むと危ない」という危険を、肌に傷を負う前に察知することができたのです。
- 風の強さを測るバロメーター: 屋根の上や高所での塗装は、強風との戦いです。ニッカポッカの生地がバタバタと揺れる音や抵抗感によって、職人たちは「今の高さは風速何メートルくらいか」「これ以上は突風が危険だから作業を中断しよう」と、五感で安全を確認していました。
- 圧倒的な動きやすさ: しゃがんだり、大きく足を広げたりする動作が多い塗装現場において、太ももまわりに十分なゆとりがあるニッカポッカは、生地が突っ張ることなくスムーズな動きを可能にしました。このように、一見すると派手で独特なデザインは、職人たちの命を守るために進化した「究極のワークウェア」の形だったのです。
ペンキが目立つ「白」の作業服と、一流職人のプライド
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そして、この時代の塗装職人を語る上で外せないのが、上下を「真っ白」で統一したスタイルです。
「ペンキを扱うのに、なぜ一番汚れが目立つ白を着るのか?」と疑問に思う方も多いかもしれません。
しかし、ここには当時の職人たちの高いプライドと、お客様(施主様)への深い配慮がありました。
「汚さないのが一流」という証明: 腕の良い職人は、刷毛(はけ)やローラーのコントロールが完璧なため、服にペンキをほとんど飛ばしません。つまり、夕方になっても真っ白な作業服のままでいること自体が、「俺はこれだけ綺麗な仕事ができるんだ」という技術の証明であり、周囲への無言のアピールだったのです。
お客様の家を汚さないためのマナー: 外壁塗装は、お客様の生活空間のすぐそばで行われます。もし作業服に乾いていない塗料がついたまま歩き回れば、お客様の大切な門扉や玄関、あるいは室内を汚してしまうリスクがあります。あえて汚れが最も目立つ「白」を着ることで、服についたペンキをすぐに発見し、施主様の住まいに決して汚れを持ち込まないという徹底したプロ意識の表れでもありました。
丸太から「単管足場」へ、足元の進化
この時代には、足場の主流も「丸太」から金属製の「単管足場(パイプ足場)」へと移行していきました。
足元が金属製に変わったことで、職人たちの靴も地下足袋から、より耐久性があり、万が一の落下物から足先を守る「先芯(さきしん)入りの安全靴」や、塗装専用の作業靴へと徐々にシフトし始めます。
高度経済成長期の塗装職人たちは、白いニッカポッカを粋に着こなし、日本の街を鮮やかに彩っていきました。
それはまさに、日本の近代化を文字通り「塗り上げた」男たちの勝負服だったのです。
【1990年代〜2010年代】機能性の追求と「カジュアル化」
1990年代に入り、元号が昭和から平成へと変わると、塗装業界を取り巻く環境や社会の意識にも大きな変化が訪れます。
それに伴い、職人たちの作業服もまた、これまでにないドラスティックな変貌を遂げることになりました。
この時代のキーワードは、「イメージ改革」と「ハイテク素材の登場」です。
「ニッカポッカ」から「スリムなワークパンツ」へのシフト
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長年、現場の主役として君臨してきたニッカポッカですが、1990年代後半から2000年代にかけて、徐々にその姿を消し始めます。
代わって台頭してきたのが、すっきりとしたシルエットの「カーゴパンツ」や「ストレートパンツ」スタイルでした。
この背景には、塗装業界全体の「イメージを一新したい」という強い想いがありました。
当時、ダボっとしたニッカポッカは、一般のお客様(特に小さなお子様やご高齢の方)から見ると、「少し怖そう」「威圧感がある」といった印象を与えてしまうことが少なくなかったのです。
地域密着で一般住宅の外壁塗装を請け負う会社が増える中で、お客様に少しでも安心感をもってもらい、気軽に声をかけてもらえるようにと、よりクリーンで親しみやすい「カジュアルなスタイル」へとシフトしていきました。
「ストレッチ素材」の誕生がもたらした革命
シルエットがスリムになった一方で、「細身のズボンだと、しゃがんだり足場を上り下りしたりするときに動きにくいのでは?」という懸念が生まれます。
その問題を完璧にクリアしたのが、繊維技術の進化によって生まれた「高機能ストレッチ素材」でした。
綿にポリウレタンなどの伸縮性のある素材を混紡することで、見た目はスタイリッシュでありながら、驚くほどビヨンと伸びる作業服が登場したのです。
また、この時期には「吸汗速乾(きゅうかんそっかん)」や「防汚加工」といったハイテク機能も次々と追加されました。
汗をかいてもすぐに乾いてベタつかず、ペンキや油汚れがつきにくく落ちやすい。
そんな「科学の力」で職人のストレスを軽減する、機能性重視の時代が本格的に到来したのです。
「ポロシャツ」の導入とユニフォームとしてのブランド化

さらにトップスにも大きな変化が現れました。
従来のザ・作業着といった襟付きのジャケットスタイルだけでなく、夏場を中心に「ポロシャツ」を採用する会社が急増したのです。
ポロシャツは襟がついているため、Tシャツほどラフになりすぎず、適度なフォーマル感と清潔感を演出できます。
この頃から、多くの塗装会社が「会社名やロゴの刺繍」を作業服の胸元や背中に大きく入れるようになります。
ただの作業着ではなく、会社の顔としての「ユニフォーム(制服)」へと進化を遂げたのです。
スタッフ全員が同じ洗練されたデザインの服を着ることで、チームとしての結束力が高まると同時に、近隣住民の方々へ「しっかりとした会社である」というブランドアピールを行う重要な役割も担うようになりました。
【2010年代後半〜現代】ハイテクと熱中症対策の「令和スタイル」
そして時計の針は進み、私たちが今、現場で身にまとっている「令和」の時代へとやってきました。
ここで、酷暑という時代に入り、昔にはそれほど気にならなかった「熱中症」への対策が必至となります。
近年、日本の夏の暑さは「極端な酷暑」と言わざるを得ないレベルに達しています。
特に日光を遮るもののない屋根の上や、熱気がこもりやすい住宅の隙間の足場など、塗装職人を取り巻く環境は過酷さを極めています。
そんな現代において、作業服は単に「体を保護する服」から、職人の命と健康を守るための「最新鋭のギア(装備)」へと完全なる進化を遂げました。
現場の景色を一変させた「ファン付き作業服(空調服®)」

現代の夏の現場において、着用していない職人を探す方が難しいほどのマストアイテムとなったのが、背面に小型の扇風機(ファン)を搭載した「ファン付き作業服(空調服®)」です。
服の中に大量の外気を取り込み、汗を気化させることで体温を下げるこの画期的なシステムは、建設・塗装業界にまさに「革命」をもたらしました。
「これがあるだけで、夏場の体感温度がまったく違う。もうこれ無しでは夏を乗り切れない」と、若手からベテランまで口を揃えて語るほど。
バッテリーの性能向上により、今や丸一日の作業でも余裕で稼働し続けるパワーを持ち、職人の熱中症リスクを劇的に低下させています。
「魅せる」を意識した、ワークウェアのスタイリッシュ化
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また、現代の作業服はスポーツウェアやアウトドアウェアと見紛うほどに、デザイン性が極めて高くなっています。
作業服専門チェーンの大躍進などに代表されるように、現場の服は今や「機能的でかつ、普段着としてもカッコいいもの」へと変化しました。
体にピタッとフィットして筋肉のブレや疲労を軽減する、冷感素材の「コンプレッションインナー(アンダーウェア)」
超軽量でありながら、泥や水、塗料を弾く撥水・防汚加工が施された「高密度ナイロン素材」
スマートに見える立体裁断と、女性職人も美しく着こなせる「ユニセックスデザイン」の普及
泥臭く、少し強面だったかつての職人のイメージは今や昔。
現代の塗装職人は、最先端のハイテクウェアをスマートに着こなす、非常にスタイリッシュなプロフェッショナル集団へと変貌を遂げたのです。
安全基準のさらなる高まりと「ハーネス」の義務化

さらに、2022年(令和4年)には高所作業における「フルハーネス型墜落制止用器具」の着用が完全義務化されました。
これに伴い、作業服自体も「フルハーネスのベルトを上から通せる設計」や「摩擦に強い補強を施したデザイン」へとアップデートされています。
命を守るための厳格な安全基準。
これらをクリアし、かつ洗練されたデザインであること。
令和の作業服は、日本の最先端の繊維技術と安全設計が凝縮された、究極の一着と言えるでしょう。
また、意識改革が進むにつれ、皆でお揃い→自由意志を尊重、ココペイントでは着ても着なくてもよいとしています。
最新のウエアは上階のパーソナルトレーニングジムとの合同Tシャツで、トレーニングココちゃんのロゴ入りです。
まとめ
大正・昭和初期の地下足袋と法被の時代から、令和の超ハイテクウェアまで、塗装業界の作業服は約100年をかけて劇的な進化を遂げてきました。
時代によって、服の素材やシルエット、使われるテクノロジーは大きく変わりました。
しかし、どれほど時代が移り変わっても、たった一つだけ、絶対に変わらないものがあります。
それは、「自分の技術で建物を守り、お客様を笑顔にする」という、職人たちの熱い魂(プライド)です。
100年前の職人が手ぬぐいを頭に巻いてペンキを塗っていたときも、現代の職人が最新のギアを身にまとってローラーを転がしている今も、お住まいを美しく、そして長持ちさせたいという願いは全く同じです。
ココペイントは、これからも先人たちの歴史とプライドを受け継ぎながら、最新の技術と誠実な姿勢で、堺市の皆さまの大切なお住まいをお守りし続けます。
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ひとりごと♪
初代である私の祖父は塗装屋の親方として君臨、仕事はもちろん、おしゃれにも手は抜きませんでした。
白シャツに黄金時代の勝負服であるニッカポッカからちょっとだけ腹巻を覗かせ、背広のジャケットに鳥打帽というスタイルで出かけます。
そのニッカポッカも、自分のふくらはぎにピタリと合うように自ら縫い縮めてあるのです。
向こう意気の強さもなかなかのもので、足場を組む丸太を振り回して、大立ち回りも演じてたとか…
威勢よく「やるか?」と喧嘩を買うところまではいいのですが、その後は「〇〇(息子である二代目)、後は任せた!」と言い、どこかへ行ってしまうのだそうです(父はとんだとばっちりですね~)
まるで吉本を地で行くようなおじいちゃん!
孫の私たちにはとても優しく、妻であるおばあちゃんにはめっぽう弱い(笑)
そんな愛すべき人柄の祖父を懐かしく思い出させてもらった、今回の執筆でした。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
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